後編

「ちょっと聞いてよ、もう、冗談じゃないわよ、まったく」

「あんたねえ、今何時だと思ってるのオ、明日にしなさいよ、明日に」

どうして、どいつもこいつも真夜中に電話をかけてくるんだろう。私が一人暮らしだと思って、愚痴を言いたくなると何時だろうとかまわず電話をよこす。
無理やり起こされるこちらとしては大迷惑この上ない。
毎度毎度、寝ぼけ頭に苦情の嵐が吹き荒れる。

「私が通っている喫茶店、知ってるでしょう?」

「ああ、あんたが入れ込んでいるマスターが居るっていう店ね」

高校時代からの悪友、奈保子が「ネイマ」という喫茶店に通っているというのは、仲間内では有名な話である。

週3回ほどカルチャーセンターに通っている彼女は、残り4日をその学費の為のアルバイトにあてていた。

「あんた達も飲んでばっかいないで、若いうちにいっぱい勉強しといたほうがいいわよ」

というのが、奈保子の口癖だ。

その彼女がアルバイトを一日削って、男の為に喫茶店に通ってるらしいと聞きつけ、皆で押しかけては、

「ああ、とうとうあんたも愛の喜びに目覚めたのね」

「やっぱり女は愛に生きなくちゃ駄目よねぇ〜」

と、散々からかっていたのは、ついこのあいだの事だ。

奈保子の話だと、今日もそのマスターに会いに行ったらしい。

「それがさあ、毎週毎週、目つきの悪い変な男が必ず居るのよ。こっちはさ、今日こそ告白しようって、どきどきしながら行くじゃない。ドア開けて、あいつの顔見た途端、もうがっくりよォ」

こちらに話す隙も与えず、奈保子は先を続ける。

「今日なんかさあ、話しかけてくるのよ。よく会うよねとか言っちゃってさ、
私ゃ会いたくなんかないっての。だから、皮肉っぽく思いっきり言ってやったわよ、
よく、会いますね!って。それにね、私の髪とかをいつも見てたみたいなのよぉ。
本を読んでる振りしてさ、あのいやらしい目で舐めるようにみてたのよきっと。
あ〜っ!もう、思い出しただけでも気持ち悪いわよ〜。
だいたい髪が素敵だとかって、馬鹿にしてるわよ、まったく!」

「えっ、あんたの髪が素敵だってぇ?ギャハハハ!!」

奈保子の髪は枝毛が多い、長く垂らしたワンレンの先がそのせいで色が違って見えるのは2、3m離れていてもはっきり分かるほどだ。

「マスターに髪をマジマジと見られたらどうしようかと思って、もう恥ずかしいったらなかったわ」

「そりゃそうよねえ、その髪じゃあね〜」

「フン、ほっといてよ、今度ちゃんとカットしてもらうんだから」

「で、それから?その後もなんか言ったの、そいつ」

「あ〜、もう、やんなっちゃう。
よりにもよって、マスターの前でさあ、つきあってる男がいるのかって。
私、焦っちゃたわよ〜。
あんな変な奴なんか普段だったら、ええ勿論いますわよ、あんたなんかより、よ〜っぽどイイ男がね、なんて言ってやるところじゃない。
だけど、マスターの前で、男がいるなんて口が裂けてもいえないしさ。もう、私ったら動揺しまくりで、そんな人なんて全然いませんって・・」

「きゃっはっは・・もう、バカねぇ」

「だってぇ、しょうがないじゃないヨォ。
そしたらそいつ、調子に乗っちゃって、嘘ついてんじゃないだろうな、 なんて言うのよ。
いきなり頭ひっぱたいてやろうかなって・・・怒りで耳まで真っ赤になってるのが、自分でもわかったけど、マスターの事しか頭になかったからさあ・・・・
思わず、今、ほんとにフリーなんですって」

「言っちゃったわけね」

「うん」

「それじゃ、付き合ってくれとかまで言われたでしょ?」

「そうなのよォ〜」

「勿論、ちゃんと断わったんでしょうね?」

「それがねえ、そいつ変な奴でさぁ。マスターの事もあるし、どう言って断わろうかって考えてたら急に友達でいよう、とかって訳わかんない事言うのよ。
こっちは助かったあと思って、思わずハイって言っちゃったわよ・・。
それにしても、友達だって嫌じゃない、そんな気色悪い奴。
だから、やっぱ断わろうとしたら、急に席立っちゃって帰っちゃたのよ〜。
あげくに、来週また、とかって恐ろしいこと言うのよぉ〜。
どうしてくれんのよォ、まったく!」

「ははは・・」

「笑い事じゃないわよもう!
まったく最低よォあんな男。
私、来週から無理言ってでもアルバイトの曜日を変えてもらうんだからあ。
今日こそ決めようって思ってたのに〜・・・」

「ほんっとに、最悪の日だったわっ!」

・・おあとがよろしいようで。・・

*** お暇な方は、もう一度始めからお読み下さい ***

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